2007年08月09日

ビシュケクからイシククル湖へ

 
カザフスタンのビザが出来上がるまで3日間ある。

パスポートもないしビシュケクの街にいるほうが良いのだが、旅程も長いわけではないしせっかくだから少し出歩きたい。そこでキルギス最大の観光名所であるイシククル湖に行くことにした。

イシククル湖は東西200kmに及ぶ琵琶湖の9倍の広さを持つ湖だ。周囲には鉱山が多くあるため、旧ソ連時代には外国人の立ち入りは禁止されていた。しかし風光明媚で旧ソ連幹部の保養所があったほどだ。景色がきれいなのは北部、水がきれいなのは南部と言われていて、キルギスの人たちにとっても一般的な観光地だ。私は湖畔の街の中で最も有名なチュルポン・アタを目指すことにした。

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2007年08月08日

ビシュケクの安食堂

 
宿の情報ノートにはビシュケクのうまい店情報があった。

正直中央アジアには「これだ」という程旨い物はない。例の油っぽく保存の利くナン、中央アジア一帯にある餃子やラグマン、そして旧ソ連風味の各種つまらないもの、などが多い。公園で食べたような肉の串焼きはなかなか旨いが、肉の旨さであって調理の勝利という気はあまりしない。そんな中「うまい店」の情報はありがたい。

しかしノートには「うまい店」より目を引く記述があった。たいそう味気ないセルフサービスの安い店があるというのだ。私は安いという言葉に弱い。またノートにあった「立て付けの悪いドアをこじ開けると」といった記述も琴線に触れる。さっそく出かけてみた。

その安食堂はゴーインデパートの道を挟んだ反対側を少し東に行ったところにあった。

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2007年08月07日

ビシュケク パンフィロフ公園でディナー


ビシュケクの中心部を散歩していると公園がよく目につく。
街自体が森や林の中に作られているようなものなので、今更公園なんかとも思うのだが、わざわざ市街中央にパンフィロフ戦士記念公園とかドォボフィー公園とかを狭いエリアに作ってくれている。まぁ公園作りはあんまり金がかからないからねぇ。大体この街、大通りもほどんど公園じゃないか。

そんなビシュケクだが、パンフィロフ公園はちょと毛色が違う。
ただ林と彫像・ベンチがあるだけではなく、ちょっとしたアトラクションが並んでいて市民の憩いの場になっているのだ。

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2007年08月05日

ビシュケク、街の飲み物2種


ビシュケクは一応キルギスの首都だ。

首都なのだからそれなりに賑わいもあるし、政府の中枢機関もここに置かれている。多分キルギスで一番立派なホテルはここだ。Hyatt Regency Bishkek。この敷地に入る車は、トランクのみならず鏡で車体の下まで検査される。

チュイ大通りの大統領府前広場。交通量が少なく寂しい。

この前には国立博物館と広場がある。
博物館は恐ろしくつまらない。私は大抵の博物館を楽しむことができるのだが、ここは世界で5本の指に入るほど、入場料を払ったことを後悔した博物館だった。

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2007年08月04日

ビシュケクで取るカザフスタンビザ


キルギスから陸路中国に戻るには、オシュ経由で来た道を引き返すか、カザフスタンを通過するかしかない。そこで多くの旅行者、特にノービザで入国した日本人はビシュケクでビザを取ることが多い。ちなみにカザフスタンのビザは、中国のウルムチでも取ることができる。しかしキルギスで取ると日本人はUS$5と破格に安い。

さて、このカザフスタンビザだが、取得には少々手間がかかる。
まず、大使館から大変に遠いカズコメルツ銀行に行って、先に手数料5$を支払わなければ申請を受理してもらえない。何も知らずに大使館に直行すると時間と手間を浪費することになる。

しかもカザフスタン大使館のビザ業務は、2007年7月の時点で、火曜日申請で金曜交付、木/金曜日申請で火曜日交付と、短い時間しか行っていない。なぜか月曜日にはビザ業務を行っておらず、しかもトランジットビザも観光ビザも所要日数は同じだ。

そういう訳で効率的に手続きを進めないと、ビシュケクで数日足止めを喰らうことになる。私のような短期旅行者にこれは痛い。

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2007年08月03日

緑豊かな森の街、ビシュケク。でも豊かすぎっ!!


緑豊かな街という言い方がある。良く我が家の郵便受けに入っている不動産広告では、ちょっと都心を離れた物件はみんな緑豊かな街を売り物にしている。確かにコンクリートやアスファルト剥き出しより、木々が豊かな方が快適ではある。

ビシュケクは緑豊かな街だ。
必要以上に緑豊かと言っても良い。

夏は日差しが非常識に強く、また冬は風が冷たいのだろう。ほとんどの道路には街路樹が2重、3重に植えられている。これが夏の暴虐的な日光を浴び大変良く育っている。

例えばここはビシュケクのメインストリートのひとつである、ソビエツカヤ通り、サクラにちかいゴーインデパート前の交差点だ。さすがに交差点の中にはないが、道路の両側に街路樹がたくさん植えられていることが分かる。

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ここで気になるのが、ビシュケク市民なら誰でも知ってるゴーインデパートより街路樹の方が背が高いことだ。

街路樹の裏にある建物がそこそこ立派なら、遠くからでも建物は分かるしロケーションを失うことも少ない。しかしビシュケクでは建物が貧相な割に街路樹だけは元気なので、道路の景観に変化が少ない。私は比較的方向感覚が良い方なのだが、ビシュケクではあまりに似たような表情の道路が多いため、多少苦しむこともあった。

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2007年08月02日

在キルギス日本大使館、りょ、領事さんですか!?


無事にビシュケクに着いたのでまずは外国人登録だ。

ビシュケクのオビール(Ovir)はソビエツカヤ通り添いに近く、サクラゲストハウスからは歩いて10分もかからない。暑さに耐えられなければ4番のトロリーバスに乗っても良い。3comだ。

パスポートのコピーと申請書を書いてカウンターに並ぶと、係の女性に料金150comを支払うように言われ別室に案内される。そこでは二人の若い女性がクロスワードパズルに嵩じていたが、上司らしき女性に何か指示されると、わら半紙に何かを書き始めた。どうやらこれが外国人登録に必要な「レター」なるものらしいが、なんとも効率が悪い。旧ソ連なのだな、とつくづく感じる。

10数分後、上司の女性が別室からパスポートを持ってきてくれた。この方はキルギス語もロシア語もできない私にも大変親切に対応してくれた。笑顔で登録スタンプを見せてくれる。

うわっ!
そこはカザフスタンビザのために取っておいた、最後の空きページ!


今まではイミグレで「このページは使わないで」となんとか確保できたのだが、別室で押された日には厳しい。ついに私のパスポートには空きページがなくなってしまった…

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2007年07月31日

ビシュケク・サクラゲストハウス

 
キルギスの首都ビシュケクで節約型日本人旅行者に人気の宿は、南旅館、ザブルゲストハウス、そしてサクラゲストハウスだ。この中で日本人がオーナーで一番新しいのがサクラゲストハウスになる。

この宿はキルギス人の奥さんと結婚なさった疋田さんという方が開いた。奥さんも日本での生活が長く日本語も堪能だし、何より日本人の感覚でも清潔感が漂うため人気の宿だ。特にあてのない私は、まずこのサクラゲストハウスを目指すことにした。

マルシュルトゥカ(ミニバス)のドライバーに「ゴーイン?」と尋ね、頷くか「ダー」の返事があればそのバスは中華系のゴーインデパート前に止まる。ロシア語やキルギス語がだめな私でも、この「ゴーイン?」方式で毎回宿に戻ることができた。

いろいろなマルシュルトゥカがこの道を走っているが、西バスターミナルからだと114番がゴーイン前に止まる。

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2007年07月30日

オシュからビシュケクへ



オシュではせめてオビール(Ovir)で外国人登録をしようと思っていた。日本人はビザ無しで入国できるが、入国後72時間だか5日以内だかにOvirという役所に出向き、外国人登録を済ませなくてはならない。これを怠ると数十ドルという生々しい金額の罰金だ。

しかし到着した土曜日、午前中は開いているはずのオビールがやっていなかった。場所が変わったためかとも思ったが、宿の主人に電話をしてもらっても「今日は休み」とのこと。こうなるとますます早めに首都であるビシュケクに行って外国人登録を済ませたい。

オシュゲストハウスの外国人旅行者一同も、全員翌日にはビシュケクに向かうという。無理に1日で移動しなくても良いのだが、どうやら全員同じ気分らしい。

しかし数名は車をチャーターするといい、数名はバスを捜すという。こういう時旅行者は絶対に無理強いはしないのだが、人数によって一人当たりの交通費が変わってくるため、移動手段と参加者、更に金額を計りにかける者が現れ、事情は多少ややこしくなった。

2007年7月の時点で、オシュからビシュケクに向かうバスは午前中にはほとんどない。なぜか全て午後に発車し深夜に到着する。ビシュケクの夜はあまり治安が良くなく、これは避けたい。

午前中に出発する車は窓なしのトラックだけだった。これは一人500com。朝でるのはいいけれど、窓なしは嫌だ。更にトヨタのワゴン車の乗り合いが650com。これは人数が集まり次第発車するとのこと。

宿の主人に相談してみると、宿でも車の手配が可能だとのこと。
ワゴン車が7人乗りで一人700com。乗用車だと4人乗りで一人800com。時間指定は自由で宿まで迎えにくてくれるらしい。結局私と韓国人の女の子二人、イギリス人の男性合わせて4人で車をチャーターすることにした。

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2007年07月28日

オシュ (オシ)、キルギス

 
この街を私はオシュと書いたがオシと書かれることもある。

英語では"Osh"と書くため「オシュ」と発音されることが多いが、キリル文字では "ош"と書きオシューだかオシャーだか良く分からない。とりあえずここでは「オシュ」としておく。

ちなみに「キルギス」も日本語の正式名称「キルギス共和国」からここではこう書いているが、本によってはキルギスタン、クルグスタン、クルグス、と様々だ。

おぼろげな記憶によると、この界隈の国名に多い「〜スタン」は「〜人の」と言った意味合いだったはずで、例えばカザフ人の国はカザフスタンだ。だったら「キルギス」ではなく「キルギ」ではないかとも思うのだが,良く分からない。

ちなみに"キルギス共和国"はキルギス語だと"Кыргыз Республикасы"となり、ロシア語だと "Кыргызская Республика"となる。確かに"クルグス"方が現地の発音に近い気もするが、ここまで来ると良く分からないのでどうでもいい。所詮外国語、日本語で書くのに無理があるのだ。

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2007年07月22日

キルギス・オシュ、オシュゲストハウス詳細案内


寝台バスには7人の外国人旅行者が乗っていた。

キルギスのイミグレのフォームには宿泊先を書く欄があり、ガイドブックを持ってこなかった私は途方に暮れ、他の旅行者にオシュの宿を尋ねた。

"Osh Guest Houseって書いたよ"

それを横で聞いていた旅行者たちは全員「それはいい」とOsh Guest House と書き込む。書類上はバスの外国人全員が Osh Guest House に泊まることになってしまった。誰かがふざけて「本当にそんな宿あるんだろうな」と言っていたが、最初に答えた旅行者は笑いながら Lonely Planet に載っている、という。実在する宿なら文句はない。

夜行国際寝台バスは、国境を越えてはるばる到着したという気持ちが全く起きない、オシュの国際バスターミナルに早朝到着した。キルギス人や中国人はそれぞれの目的地に向かい、外国人旅行者だけが取り残される。潔いほど何もない場所だ。

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2007年07月21日

カシュガル-オシュ,国際寝台バスでキルギスへ


金曜日のカシュガル発オシュ行きの国際寝台バスに乗るため、国際・長距離バスターミナルに向かった。

時刻表には8:00発と書いてあったがこれは新彊時間だ。
北京時間では10:00ということになる。旅行者は時計を新彊時間にすることなく北京時間にしておいた方がなにかと間違いはなくて良いのだが、最悪の場合「何につけても2時間待ち」になる可能性もある。まぁ遅れるよりは良いのだが。

カシュガルで知り合ったイギリス人は、「北京時間の9:30発」と聞いたらしいが、私は窓口で「10:00に出るから9:00頃来てね」と言われた。「本当に9時?」と聞くと、困ったように「まぁ9:30でもいいけれど」との答。30分あれば十分だろうと考える。

ところか9:30にターミナルに着いてもバスは見えない。
10時ちょっと前にやっと姿を現した。

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2007年07月20日

カシュガル - オシュの国際バス、チケット購入編

 
  
カシュガルからキルギス共和国までは、2ルートの国際バスがある。

ひとつはカシュガル→アトス→国境→サルタシュ→オシュのイシュケルタム峠ルート。そしてもう一つが、カシュガル−ナリン−ビシュケクのトルガルト峠ルートなのだが、なにか隠したいことでもあるようで、外国人は中国の許可証がないと後者のトルガルト峠ルートのバスに乗ることができない。高価な許可証を取るのも面倒で馬鹿らしいので、旅行者の多くはオシュに向かう。

ともあれ日本からビザなどの手続きなしに中国経由でキルギスに入る唯一の陸路なので、それなりに人気がある。イシュケルタム峠ルートは5年程前に開いた新ルートなので尚更だ。バスの座席がなくならないうちにチケットを買っておくことにする。

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2007年07月19日

カシュガルの食事


カシュガルに到着時に時間は遡る。

海南航空の悲しいほど貧相な機内食に満足できなかった私は、夕食後の夕飯を食べるために街に出た。北京時間とはいえ深夜1時になっており、開いている店は多くはない。が、幸運なことに宿から歩いて数分の場所で開いているウイグル料理店を見つけた。さっそくメニューを見る。

読めない。

仕方がないので数少ない名前を知っているウイグル料理である「ラグメン(拌麺)」と呻いてみるとなんとか通じた。ラグメンは羊とトマトのソースをかけた麺だ。汁気の多いパスタのようなものもあれば、スープ麺と言って良い物もある。

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2007年07月18日

カシュガル - プレート天国・住居エリア編 -


旧市街の裏側は住居エリアになっている。

ちょっと迷路のようになってはいるが、人を拒絶するような空気はない。するっと入り込めてしまう。怖い自称観光ガイドも出てこないし、よそ者を睨む視線もない。曲がる道を間違えて細い道に入ったらここでした、で済んでしまう空気なのだ。

とふらふら住宅街に入ってみる。

小さな子どもを遊ばせているご夫婦がいたので、写真を撮っていいかと尋ねると、「この子を一人で撮ってくれ」とまだしっかり立てない子どもを壁に寄りかからせる。写真を送る約束をしたわけでもなく、モニタで再生して見せるだけのお礼なのだが嫌な顔をしない。これがいかにもカシュガルっぽくて良い。

大変平安そうに見える家庭だ。
中国政府も公認なのか、門には「平安家庭」のプレートがあった。全く持って大きなお世話だと思う。

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2007年07月17日

カシュガル - 裏通り編 -



タクシーも走り大きな街になってしまったカシュガルだが、中心部の旧市街には昔の面影が残っている。

これはラサなども同じだった。
開発は旧市街ではなくちょっと離れたところから始まる。そこに大きなビルができ、ファーストフードや大きなスーパーができ、やがてその波が旧市街にも押し寄せる、という形だ。

ともあれ、カシュガルの旧市街はなんとか健在だ。

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2007年07月16日

カシュガル -表通り編-



中国新疆ウイグル自治区のカシュガル(Kashgar/喀什噶爾/喀什)は、旅行者に人気の高い町だ。

過去南シルクロードのの要所でもあったこの街には、疏勒国の国都であった昔からさまざまな民族が住んでいて、中国的都市化が進んだ今でも漢文化の匂いは薄い。イスラムの拠点都市でもあったカシュガルは、先鋭的で原理的ではない穏やかなモスレムの生活が残っており、これが旅行者に人気なのだ。

更にこの街は今では観光ルートの拠点都市だ。

インドからパキスタンを北上しカシュガルに入るルートは、南アジアから中央アジアへの代表的な西行き観光ルートだ。特にこの20数年、イラン/アフガニスタン/イラクと南方のルートが通りにくくなり、それに呼応するかのように中国の旅行規制が少なくなり、伴い旅行者が流れてきたという事情もある。

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2007年07月15日

カシュガルの安い宿、チニバグホテル(其尼瓦克賓館、QINIBAGH HOTEL)

 
カシュガルの空港に着いたときには深夜12時を過ぎていた。
まだ2路の路線バスが走っているかどうか心配しながら空港を出たところ、到着ロビーの前に空港バスがいる。

「一人市内のどこでも10元」らしい。

空港到着ロビーの案内所に戻り訊ねても、「路線バスはもうないから乗り合い空港バスに乗れ。一人5元だ」と言う。あの、10元って書いてるんですけど?3人いればタクシーの方がいいなぁ…。

まぁホテル名を言ってそこまで運んでくれるのは深夜にはありがたい。日中は5元なのかと思わせる5元x2=10元のチケットを握りしめバスに乗り込む。

カシュガルで安くてそこそこ快適な宿と言えば、色満賓館(シーマンホテル/SEMAN HOTEL)かチニバグホテル(其尼瓦克賓館、QINIBAGH HOTEL)しか知らない。発音を一生懸命覚えてたチニバグホテルの名前を運転手に告げと10分程で宿の入り口に送ってくれた。

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2007年07月14日

広州からカシュガルへ

 

翌朝、ホテルの送迎車で広州白雲空港に向かう。
今日はカシュガルまでの空路大移動日だ。

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この広州-ウルムチ線は私の乗った国内線では最長距離だと思う。
なにしろ広い中国の南東端から北東端までを飛ぶ。以前ロサンゼスル-オーランドを米大陸を斜めの横断したときよりフライト時間も長い。時刻表上で約4時間30分、実フライト時間は5時間を超えた。

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2007年07月13日

広州白雲航空の安いトランジットホテル


中国南方航空を使うと、多くの場合広州で一泊する。

他に北京線などもあるのだが「南方航空」というだけあって中国国内でのハブは広州のようで、CRS(予約システム)は広州経由の便を拾いだすらしい。

「世界之家」を自称する広州白雲空港にはターミナルに隣接したノボテルもあるのだが、値段が高いし空港ビル以外散歩する場所もなくてちょっと寂しい。そこで私は毎回到着ロビーのホテル案内カウンターで周辺の送迎付きホテルを紹介してもらう。ここで予約をするとあたりまえのようにラックレートの半額以下で宿泊することができるからだ。

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