2007年08月22日

旧ソ連幹部の保養所 イシククル湖・ホテルオーロラ


前にも書いた通り、イシククル湖は以前外国人の立ち入りが禁止されていた。湖の周辺に鉱山が多いことが理由だが、風光明媚な土地柄と外国人がいない気安さ(?)からなのか、この周辺には旧ソ連要人の別荘などもあるらしい。プーチン大統領やエリツィン元大統領のみならず、隣国カザフスタン大統領の別荘もある。実はここイシククルはキルギスの首都ビシュケクよりカザフスタンの首都アルマティの方が近い。


ホテルオーロラはもともと旧ソ連のサナトリウムだった。

サナトリウムといっても日本のような病人専用の保養施設ではない。書記や将校など政府幹部専用の保養施設だ。もちろん一般人が泊まれるようなものではない。イシククル湖の地図を見ると妙に飛行場のマークが多いのだが、これはそういう幹部のためのものだったのだろう。

イシククル湖のサナトリウムは1979年に出来たまぁまぁ新しい建物だ。部屋数は149、キャパシティは219人。幹部専用保養所だった癖に、一応サナトリウムの体裁を取り繕うために、簡単な診療所やX線施設もある。機能しているかどうかはわからないが。もちろん敷地はしっかり塀などでセキュリテュイが保たれており、ビーチはプライベートビーチ。病人が使うわけがない、湖に飛び込む滑り台まである。


このイシククルサナトリウムは、ソ連崩壊後ホテルオーロラとして一般の外国人にも開放されるようになった。ここに泊まらない手はない。


このホテルオーロラは、イシククル湖北岸最大の町であるチュルポン・アタにあることになっているが、実際には町のはずれでバスターミナルから更に東に10-15km程行った湖岸にある。バスターミナルからはタクシーで250-300com。ビシュケクからチュルポン・アタまでのバス代が150comだったのにと泣き言を言うと、「だったら東に行くバスを捕まえて乗ればいい。50comで十分だよ」と運転手は笑う。キルギスの運転手はなかなか人が良い。

15分に1本位通るバスにはカザフスタン籍のものも多くこれには乗れないが、30分程でキルギスのバスがやってきた。最前列に乗り込み運転手に「オーロラ、オーロラ」と連呼する。20分ほどでうんざりした顔でバスから降ろされる。ちょっとしつこかったようだ。

aurora_sign.jpg

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前にも書いた通り、イシククル湖は以前外国人の立ち入りが禁止されていた。

湖の周辺に鉱山が多いことが理由だが、風光明媚な土地柄と外国人がいない気安さ(?)からなのか、この周辺には旧ソ連要人の別荘などもあるらしい。プーチン大統領やエリツィン元大統領のみならず、隣国カザフスタン大統領の別荘もある。実はここイシククルはキルギスの首都ビシュケクよりカザフスタンの首都アルマティの方が近い。


ホテルオーロラはもともと旧ソ連のサナトリウムだった。

サナトリウムといっても日本のような病人専用の保養施設ではない。書記や将校など政府幹部専用の保養施設だ。もちろん一般人が泊まれるようなものではない。イシククル湖の地図を見ると妙に飛行場のマークが多いのだが、これはそういう幹部のためのものだったのだろう。

イシククル湖のサナトリウムは1979年に出来たまぁまぁ新しい建物だ。部屋数は149、キャパシティは219人。幹部専用保養所だった癖に、一応サナトリウムの体裁を取り繕うために、簡単な診療所やX線施設もある。機能しているかどうかはわからないが。もちろん敷地はしっかり塀などでセキュリテュイが保たれており、ビーチはプライベートビーチ。病人が使うわけがない、湖に飛び込む滑り台まである。


このイシククルサナトリウムは、ソ連崩壊後ホテルオーロラとして一般の外国人にも開放されるようになった。ここに泊まらない手はない。


このホテルオーロラは、イシククル湖北岸最大の町であるチュルポン・アタにあることになっているが、実際には町のはずれでバスターミナルから更に東に10-15km程行った湖岸にある。バスターミナルからはタクシーで250-300com。ビシュケクからチュルポン・アタまでのバス代が150comだったのにと泣き言を言うと、「だったら東に行くバスを捕まえて乗ればいい。50comで十分だよ」と運転手は笑う。キルギスの運転手はなかなか人が良い。

15分に1本位通るバスにはカザフスタン籍のものも多くこれには乗れないが、30分程でキルギスのバスがやってきた。最前列に乗り込み運転手に「オーロラ、オーロラ」と連呼する。20分ほどでうんざりした顔でバスから降ろされる。ちょっとしつこかったようだ。

aurora_sign.jpg


HOTEL ISSYK-KUL AURORA
道路沿いの看板にはサナトリウムではなくホテルとあった。

aurora_sign_up.jpg


1979年という微妙な時期に出来た建物であるため、若干香ばしく老朽化しているが、といって建て替えるほどの老朽化でもない。少なくとも外観はまぁまぁ、だ。

aurora_view.jpg

aurora_entrance.jpg


宿泊客も富裕層が多いようで、みんな車を乗りつける。バスからやって来るような人間は私だけだ。

aurora_parking.jpg


しかし一歩中に入ると、なんというか地味にくすんでいる。
一応掃除などもきちんと行われてはいるようだが、やはり施設そのものがやや古く、しかも旧ソ連感覚で作られているため華があまりないのだ。

aurora_robby.jpg


守衛室のようなレセプションで値段と空室を尋ねる。

aurora_reception.jpg


もっとも観光に適したピークである7月で、シングル約2500com、ツイン約5000com。やはり混む時期のようでシングルには空室がなくツインしか泊まれない、という。

うーん、1泊5000comかぁ。

日本円にしてみれば約15000円。その辺のぱっとしないホテルでもそれくらいすることもある。そう考えれば高くはない。しかし30分バスを待ってやって来た私には、どうしても泊まる決断ができない。家族のいない旅行ではいつも、私はかなりの節約主義者になっている。迂闊にお金を使ってしまったら、次回の旅行に出してもらえなくなるからだ。


別にプライベートビーチで泳ぎたい訳でもない。パンフレットを見る限り、部屋もさほど立派という訳ではない。旧ソ連の幹部と同じ部屋に泊まる、という経験だけに15000円を支払うことはできない。私はそう判断してホテル前の道路に戻った。

オーロラの前には規模の小さい団地があるだけだ。
団地の売店で水を買い、道端で飲みながらバスを待っていたら、気の毒の思ったのか客があまりにいなかったのか、オーロラに泊まっていたベンツのタクシーが50comで私をチュルポン・アタまで送ってくれた。またしても人の良い運転手に当たってしまった。


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