2007年07月21日

カシュガル-オシュ,国際寝台バスでキルギスへ


金曜日のカシュガル発オシュ行きの国際寝台バスに乗るため、国際・長距離バスターミナルに向かった。

時刻表には8:00発と書いてあったがこれは新彊時間だ。
北京時間では10:00ということになる。旅行者は時計を新彊時間にすることなく北京時間にしておいた方がなにかと間違いはなくて良いのだが、最悪の場合「何につけても2時間待ち」になる可能性もある。まぁ遅れるよりは良いのだが。

カシュガルで知り合ったイギリス人は、「北京時間の9:30発」と聞いたらしいが、私は窓口で「10:00に出るから9:00頃来てね」と言われた。「本当に9時?」と聞くと、困ったように「まぁ9:30でもいいけれど」との答。30分あれば十分だろうと考える。

ところか9:30にターミナルに着いてもバスは見えない。
10時ちょっと前にやっと姿を現した。

ish_businside.jpg

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金曜日のカシュガル発オシュ行きの国際寝台バスに乗るため、国際・長距離バスターミナルに向かった。


時刻表には8:00発と書いてあったがこれは新彊時間だ。
北京時間では10:00ということになる。旅行者は時計を新彊時間にすることなく北京時間にしておいた方がなにかと間違いはなくて良いのだが、最悪の場合「何につけても2時間待ち」になる可能性もある。まぁ遅れるよりは良いのだが。


カシュガルで知り合ったイギリス人は、「北京時間の9:30発」と聞いたらしいが、私は窓口で「10:00に出るから9:00頃来てね」と言われた。「本当に9時?」と聞くと、困ったように「まぁ9:30でもいいけれど」との答。30分あれば十分だろうと考える。


ところか9:30にターミナルに着いてもバスは見えない。
10時ちょっと前にやっと姿を現した。

ish_bus1.jpg

ish_bus2.jpg


バスの周りは地味に殺気立っている。

聞くところによると、前日木曜日発のバスが途中事故を起こしカシュガルに戻ってきたとのこと。今日は木曜日と金曜日の客が両方バスに乗ろうと待ちかまえていたのだ。もちろん殺気を放つのは昨日1日を棒に振った乗客だ。


こういう場合とっとと乗り込んで椅子を確保するに限る。

ドアが開くのを見て素早く乗り込もうとしたのだが、行商のおばさま方に地味に押し出され、結局最後に乗り込む羽目になった。思えば私の人生は基本的にこういう状況の連続だった。それでもなんとか最後部上段という最下層の席を確保する。予約した席は前部の窓際下段だったのだが、この状況で座席番号に意味はない。らしい。

最後部から数列の下段に乗り込んだ行商おばさまが、その荷物を座席の隙間に積み上げる。

ish_businside.jpg

大変に狭苦しい。

こういうものはトランクなりに積んで欲しいと思うのだが、後に通路に積み込んだ理由が分かった。トランクに積むと若干の料金がかかるのだ。それにしても黙認する運転手もどうかとは思う。


バスはだらだらと客と荷物を載せ、運転手はのんびりタバコとお茶で休憩しつつ客を待たせ、出発したのは北京時間の11:00ちょうどだった。

もともと11:00に発車するつもりだったとしか思えない。


まぁ発車してしまえばこちらのものだ。
オシュまでは出入国手続きを含め22時間かかる。1時間くらいどうということはない。バスは舗装道路を軽快に走る。

ishi_china2road1.jpg

ish_chinaroad.jpg

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3〜4時間走った頃、イミグレ少し前の村で休憩になる。

ish_chinabreak2.jpg

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ここではレストランで食事ができる。小さいがモスレム食堂も中華食堂もある。

ish_chinabreak_dinner.jpg

ish_chinabreak_dinner2.jpg


中国を離れる記念に中華食堂で芋の炒め物とご飯。
ちょっと高めで15元。

ish_lunch.jpg



村には無料のトイレがあった。

中国の水準としてはA++をあげても良い清潔度だったので、便意はないがとりあえず出る物は出しておく。中国で汚れていないトイレは「見かけたら、したくなくとも出しておく」という五七五調の名言があるのだ。この言葉が骨身に染みたら、中国の旅行に慣れてきた証拠だ。

ish_chinabreak_toilet.jpg


発車前に水とビスケットを買う。

この先は国境地帯とキルギスになる。しかも夜の峠道、食料や水が手に入る可能性はあまりなさそうだ。「これから休憩や買い物のチャンスがあるのか」など運転手にウイグル語で尋ねる能力は私にはない。これは賢明な判断だった。



小一時間ほどの休憩後バスは発車、ほどなく中国側のイミグレに到着する。出国審査に加え税関の検査があるらしい。大荷物は全て下ろされ検査を受けている。その間はただ待つしかない。といっても1時間ほどの事だが。

ish_china_IMGR.jpg


ローカルバスやタクシーを使って出国審査場まで来ることも出来るが、この先の国境緩衝地帯は徒歩で通過することはできない。ローカルバス利用者はトラックをヒッチハイクすることになる。緩衝地帯は2〜3km(印象数値)続く。

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ish_kanshou2.jpg



バスはキルギス共和国の入国管理場に走る。

「掘っ立て」と言うほどでもない、小さな小屋だ。警備の兵士が「ジャパン?ジャパン?」と聞くのでそうだと答えると「サムライ、ウェルカム」等という。

今時サムライもないと思うのだが、そこは旅行者、適当に話を合わせて友好的なムード作りに励む。その結果撮影禁止のはずのこの場所で記念撮影が出来るところまでこぎつけた。やるなぁ、私。

ish_kgsOMGR.jpg

ish_KGSIMGR2.jpg


入国審査では一人一人個室に呼ばれ簡単なインタビューを受ける。日本人はビザが要らないこともあり、ここでのチェックが重要だと思うのだが、名前と顔写真の確認、入国の目的を聞かれる程度だ。

私は中国出国もキルギス入国も税関はノーチェックだったが、大荷物はやはりチェックされるらしく、乗客全員の完了を待つ。とはいえこれも1時間程度だ。

このルートはキルギスというよりウズベキスタンの強い希望で作られたらしい。オシュの街から数キロ先にあるウズベキスタンにしてみれば、「世界の工場」中国の製品を輸入するのにもってこいのルートなのだろう。

中国からキルギスに向かうトレーラーはタイヤが沈むほど荷物を満載しているが、中国に向かうそれは潔いほど荷台が空っぽだ。せめて木屑でも積んではどうかとも思うのだが。中国はキルギスから輸入する物など何もない、という事が良く分かる。



バスはキルギスの道を走り始める。

入国後少しの間は中国側同様舗装道路だったが、すぐに砂利道になった。砂利道といっても踏み固められたものではなく、大変に揺れる。寝台から何回か落ちそうになったほどだ。

ish_kgs_road_hosouOFF.jpg

ish_kgs_road_bad2.jpg

ish_kgs_road_bad.jpg

ish_kgs_road_bad3.jpg


ビシュケクであった自転車旅行者は、この道はタイヤが埋まって走ることができなく、トラックをヒッチハイクした、と言っていた。

日本人はビザが要らないが、入国後72時間(5日説もある)以内に「オビール(Ovir)」という役所で外国人登録をしなければならない。自転車を押していたのではその登録に間に合わないと判断したとのこと。ビザ所有者にその義務はないので、ビザ免除の落とし穴かもしれない。


しかし、道は悪いが景色はよい。ここはシルクロードそのものなのだ。

ish_kgs_road1.jpg

ish_kgs_view.jpg

ish_kgs_road_2.jpg


谷に落ちているお茶目なトラックもいる。

ish_kgs_road_drop.jpg


少し標高が下がると遊牧民たちの生活も見ることができる。

ish_kgs_yuuboku.jpg

ish_kgs_gel.jpg


日没前、最後のトイレ休憩があった。
運転手が「とぉぉいれっとぉ!」と叫んでバスを止める。「トイレ休憩」といってもトイレがあるわけではない。道路の側で適当に済ませる。男は良いが女性は多少辛いだろう。

ish_kgs_toiletbreak.jpg


結局、食事や買い物をする最後の機会は、最初に昼食で泊まった村、壁のあるトイレを使える最後のチャンスは中国側の出入国事務所(キルギスでは確認できず)だった。

これからこのルートと通る人は、ちゃんと水と食料を買っておき、村か中国のイミグレで最後のトイレを済ませて置いた方が良い。


トイレ休憩のあとバスは全く止まらず、夜の山道を走り続けた。
私の安物デジカメでは、夕暮れの風景を撮るのがせいいっぱいだったが、深夜山の上に見えた満月はとても官能的で美しかった。

ish_kgs_evening.jpg


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