2007年07月11日

キルギスの概要と旅行ルート

今回の旅行では中国ウルムチをゲート都市と考えた。

ウルムチは中国西部の大都市でカザフスタンやキルギスへのアクセスが良いのにも関わらず、僅か20000マイルでマイレッジの特典旅行が可能なのだ。

これはかなりお得なマイルの使い方と言って良い。ユナイテッド航空系列であるスターアライアンスでは中国国際航空、ノースウェスト系列であるワールドパークスでは中国南方航空でそれぞれ特典旅行が可能だ。中国国際航空では同日乗り継ぎでウルムチに行くことが可能だが空席がなく、今回は中国南方航空を利用した。この場合往復とも広州で1泊することになる。


現在中国は15日以内ならビザは必要ない。またキルギスも日本のパスポートはビザが不要だ。ほとんどの国のパスポートでは必要で高価なビザが日本だけ不要なのは、どうもODAがらみらしい。

ともあれ、日本のパスポート所有者にとって思い立った時にすぐ行くことができる中央アジアの国が、中国のウイグル自治区でありキルギスだ。特にキルギスは、旧ソ連国家では唯一の国だ。しかも日本人だけの特権と言って良い。

kyrgys_route.JPG

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今回の旅行では中国ウルムチをゲート都市と考えた。

ウルムチは中国西部の大都市でカザフスタンやキルギスへのアクセスが良いのにも関わらず、僅か20000マイルでマイレッジの特典旅行が可能なのだ。

これはかなりお得なマイルの使い方と言って良い。ユナイテッド航空系列であるスターアライアンスでは中国国際航空、ノースウェスト系列であるワールドパークスでは中国南方航空でそれぞれ特典旅行が可能だ。中国国際航空では同日乗り継ぎでウルムチに行くことが可能だが空席がなく、今回は中国南方航空を利用した。この場合往復とも広州で1泊することになる。


現在中国は15日以内ならビザは必要ない。またキルギスも日本のパスポートはビザが不要だ。ほとんどの国のパスポートでは必要で高価なビザが日本だけ不要なのは、どうもODAがらみらしい。

ともあれ、日本のパスポート所有者にとって思い立った時にすぐ行くことができる中央アジアの国が、中国のウイグル自治区でありキルギスだ。特にキルギスは、旧ソ連国家では唯一の国だ。しかも日本人だけの特権と言って良い。


さて、そのキルギスだがあまり知られている国ではない。
中国以外ではウズベキスタン、タジキスタン、カザフスタンに接する中央アジアの国だ。

kyrgyz_map.jpg


ビシュケクの旅行代理店に日本語のリーフレットがあった。
なにより「日本人はビザ不要」が売りのようだ。

Kyrgyz_outview_1.jpg

Kyrgyz_outview1.jpg


wikipedia日本語版「キルギス」では以下のように紹介されている。

キルギス共和国(キルギスきょうわこく)、通称キルギスは、中央アジアにある旧ソビエト連邦の共和国。首都はビシュケク(旧名フルンゼ)。クルグズスタン、クルグズ共和国ともいい、かつてはキルギスタンという通称が用いられたこともある。

北から時計回りにカザフスタン、中華人民共和国、タジキスタン、ウズベキスタンと国境を接する。ソビエト連邦から独立したウズベキスタン、カザフスタン、トルクメニスタン、タジキスタンとともに中央アジアを形成し、独立国家共同体 (CIS) の加盟国となっている。


国名:
正式名称はキルギス語では、Кыргыз Республикасы(Kyrgyz Respublikasy; クルグズ・レスプブリカス)、ロシア語では、Кыргызская Республика(Kyrgyzskaia Respublika; クルグススカヤ・レスプーブリカ)。通称は、Кыргызстан(Kyrgyzstan; クルグススタン)。

1991年の独立時にキルギス語の国名を Кыргызстан Республикасы(Kyrgyzstan Respublikasy; クルグズスタン・レスプブリカス)としたが、1993年に憲法を改正して正式国名を現行の Кыргыз Республикасы に改めた。ただし、国名変更以降も Кыргызстан の呼称が公式の通称として認められている。

公式の英語表記は、Kyrgyz Republic。通称、Kyrgyzstan。

日本語の表記は、キルギス共和国。通称、キルギス。

クルグズ(キルギス)の語源は不明だが、「クル」は「草原」、「グズ」は「走り抜ける」を意味するという解釈がなされることもある。

日本語名のキルギスは、ソ連から独立する以前のこの国を、主要民族であるКыргыз (Kyrgyz クルグズ) のロシア語表記 Киргиз(Kirgiz) および英語表記 Kirgiz に基づいて、キルギス・ソビエト社会主義共和国と呼んでいたことに由来する。

独立時に、キルギスのロシア語表記・英語表記は、キルギス語の自称に基づいた Кыргыз・Kyrgyz に改められたが、日本語ではそのままキルギスと呼びつづけ、正式国名の日本語名はもっぱらキルギスタン共和国と表記された。その後のキルギス共和国への国名変更によって、現在ではキルギスが通称として通用されている。

なお、中央アジア研究者を中心に、日本語でもキルギス語・ロシア語・英語による表記である Кыргыз・Kyrgyz, Кыргызстан・Kyrgyzstan に厳密に従い、クルグズ、クルグズスタンと発音・表記すべきであるという主張が行われているが、一般的となってはいないため、本項では国名には原則としてキルギスを用いる。


歴史:
古代 - キルギス人の祖先は、シベリアを南北に流れるエニセイ川上流に定住していたと考えられている
1世紀ごろ - 匈奴の支配下に入る。
6世紀 - 突厥の支配下に入る。
7世紀 - 唐の支配下に入る。
8世紀 - 遊牧ウイグル帝国の支配下に入る。
13世紀 - モンゴル帝国の支配下に入る。
16世紀 - キルギス民族が現在のキルギス共和国の領域に移住。
1863年 - 北キルギジアがロシア帝国に併合される。
1922年 - ソビエト連邦が成立。
1910年代〜1920年代 - 反ソ運動が活発化するもののソビエトの支配下に入り、トルキスタン自治ソビエト社会主義共和国の一地域となる。
1924年 - 中央アジアに位置する共和国の国境が整理され、ソビエト連邦内のカラキルギス自治州となる。
1925年 - キルギス自治州に改称。
1926年 - キルギス自治共和国に改称。
1936年 - ソビエト連邦を構成するキルギス共和国となる。
1991年8月31日 - ソビエト連邦のクーデターにより独立を果たす。
1991年12月21日、独立国家共同体 (CIS) に参加。
1992年3月 - 国際連合に加盟。
1992年5月 - 独自通貨であるソムを導入、国際通貨基金 (IMF) に加盟、独立国家共同体 (CIS) の集団安全保障条約に調印。
1993年 - 新憲法下で現国名に改称。
2003年 - 憲法改正の国民投票実施。これにより憲法を改正し二院制から一院制に移行することが決定。
2005年3月 - 議会選挙の不正疑惑をきっかけに、南部で強権的なアカエフ大統領に対する野党側の反政府運動が激化。反政府運動は首都のビシュケクまで拡大し、野党勢力が大統領府を占拠。アカエフ大統領が逃亡し政権が崩壊した後、野党勢力は暫定政権を樹立したと報じられる。
2005年4月4日 - アカエフ大統領、正式に辞任。

政治:
キルギスの大統領も参照のこと。
議会(ジョゴルク・ケネシ)は一院制、75議席。2005年に新憲法が発布される以前、1994年10月から2005年1月までは二院制であり、上院に相当する立法議会(定数60議席)と下院に相当する国民代表議会(45議席)に分かれていた。共和制であり、国民投票により大統領を選ぶ。大統領は議会の承認に基づき首相を任命する。大統領は議会の承認があれば閣僚を任免できる。大統領が不在の場合は議会の議長が代行する。 政党の活動は自由であり、キルギスタン民主運動、キルギスタン共産主義者党、農民党など約40の政党が存在する。

2005年2月および3月の総選挙の腐敗が欧州安全保障会議により指摘されたことを直接のきっかけとして、2005年3月24日にアカエフ大統領の辞任を求める大規模な抗議行動が行われた。政権は崩壊し、大統領が逃亡した後、議会の議長が代行を務める暫定政権が樹立された。

2005年7月10日に行われた大統領選挙で、「国民のために働く質の高い政府をつくる」と訴えたクルマンベク・バキエフが大統領に当選した。民主化を目指す人物が大統領に就任したことで、中央アジアの他の長期独裁政権にも影響を与える可能性もある。


地方行政区分:
キルギスは7つの州 (oblast) と2つの特別市 (shaar) から成り立つ。 州はさらに地方 (raion) に分かれる。地方長官は中央政府が任命する。aiyl okmotu と呼ばれる自治体は、最大で20程度の集落から構成されており、選挙で選ばれた村長のほか議会が設置されている。

イシクコル州(州都カラコル) - 州内にイシク湖を抱える。
オシュ州(オシュ)
ジャララアバド州(ジャラルアバド)
タラス州(タラス)
チュイ州(ビシュケク)
ナリン州(ナルイン)
バトケン州(バトケン) - 州内にはウズベキスタンの飛び地が3カ所、タジキスタンの飛び地が1カ所ある。いずれの面積も50〜200km²程度である。
オシュ特別市
ビシュケク特別市(フルンゼと改称される以前の名称に戻っている)

地理:

キルギス国土全体の40%が標高3000mを超える山国。国土は東西に長く、中華人民共和国との国境には天山山脈が延びる。南に位置するタジキスタンに向かってパミール高原が広がる。

国土の中央など東西に山脈が走り、国土を数多くの峡谷に分断している。最高峰は、中国国境にそびえるポベティ山(Pobeda または Jengish もしくは 勝利峰、7439m)、ついでハンテングリ山(Khan-Tängri または Kan-Too、6995m)だ。4000m級の峰は珍しくない。

主な河川は、シルダリア川支流のナルイン川。主な湖は国内北東部に位置するイシク湖 (Isik-Köl)。東西180km、南北60km、周囲長700kmに及ぶ。湖面の標高は1600m。イシク湖とナルイン川は水系が異なる。

隣国のカザフスタンや中華人民共和国とは異なり、国内に砂漠は存在せず、この地方の中では気候に恵まれている。人の居住に適した東西に伸びる渓谷部分はケッペンの気候区分では、夏季に雨が少ない温帯の地中海性気候 (Cs) に相当する。これは、イタリアのローマやアメリカ合衆国サンフランシスコと同じ気候区である。山地は亜寒帯湿潤気候 (Df) 、特に高地は高山気候 (H) となる。天山山脈をはさんで南方の中華人民共和国と、アラ山脈をはさんで北方のカザフスタンには、ステップ気候 (BS) と砂漠気候 (BW) が広がる。

実際に降水量を比較すると、天山山脈の100km南方に位置する中華人民共和国新疆ウイグル自治区喀什(カシ(カシュガル))の年降水量は60mmだが、ビシュケク(北緯43度、標高800m)の降水量は450mmに達する。これはローマやサンフランシスコと同水準だ。ビシュケクの平均気温は、1月に-3度、7月に25度である。

ビシュケクと第2の都市オシュ、中央部のナルインにはソ連共和国時代に大規模な灌漑施設が敷設されているため、綿花を中心とした耕作に向く。これらの灌漑地はシルダリア川、ナルイン川の支流から水を得ている。


経済:
農業および牧畜、鉱業が主である。農業は主として輸出品目にもなっている綿花、タバコの栽培が活発に行われている。鉱業は金、水銀、アンチモンなど。1997年に採掘がはじまったクムトール鉱山は、世界屈指の金鉱山である。また水銀(ハイダルカン鉱山)は2002年のデータで世界第3位の産出量を誇っている。

ソ連から独立後は、観光産業に早くから注力を行う。旧ソ連邦でも先駆けてヨーロッパや日本からの観光目的の入国に際し、査証不要を打ち出した。

キルギスは石油製品、天然ガスを輸入し、水力発電による電力、葉タバコ、綿を輸出している。ただし、金の輸出が急速に伸びている。2000年における輸入相手国は、ロシア、ウズベキスタン、カザフスタン、アメリカ合衆国、中華人民共和国の順。輸出相手国は、ドイツ、ウズベキスタン、ロシア、中華人民共和国、スイス。日本への輸出は水銀と希土類元素、放射性元素が50%を占める。日本からの輸出は機械、軽工業品の2品目で90%以上を占める。

キルギスに対する2000年における主要援助国(団体)は、日本、アジア開発銀行、世界銀行、アメリカ合衆国、国際通貨基金の順である。日本の援助額は5500万米ドル。


国民:
住民は、キルギス人が52.4%、ロシア人が18%、ウズベク人が12.9%、ウクライナ人2.5%、ドイツ人2.4%、その他11.8%である。ドイツ人は第二次世界大戦時にヴォルガ川流域から中央アジアに強制移住させられた。

言語は、キルギス語が国語である。現行憲法には公用語に関する規定は存在しないがロシア語とキルギス語が事実上公用語である。

宗教は、イスラム教が75%、ロシア正教が20%、その他が5%である。


文化:
敦煌で南北に分かれた「シルクロード」は喀什で合流後、再び南北に分かれる。南の道はタジキスタンに向かうが、北の道はキルギスの南部を通過する。

ビジュケク近郊のトクマムの町には、バラサグン遺跡が残る。ここには砂漠を進む商隊の灯台として使われたと推定されているブラナの塔が残る。また周囲にはキルギス各地から集められた石人があり有名。

キルギス人の民族楽器は三弦のコムズが知られる。キュと呼ばれる器楽独奏曲ごとに伝説が残されており、伝統的な作法では、伝説を語った後、キュを演奏していた。





キルギスへの直行便は今のところ存在しないため、空路の場合は中国ウルムチ、ウズベキスタンのタシケントなどを経由することになる。今回はウルムチ経由のルートを取ったが、ビザ無しで中国にはいる場合、一度キルギスタンに入る場合でも15日以内の方が面倒が少ない。航空会社によってはそれを越える日程の場合、中国から第三国に抜けるノーマル航空券を購入させられる場合もあるらしい。

もちろんノーマル航空券なのであとで払い戻せば良いのだが、今回はあまり時間がなかったこともあり、素直に15日間の日程にした。ルートは以下の通りだ。

kyrgys_route.JPG

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