2007年04月17日

セラ寺の問答修行(動画あり) (2007.1 チベット青蔵鉄道旅行記 22)



ラサには3つの有名な寺院がある。ガンデン寺、デブン寺、そしてセラ寺(色拉寺)だ。どれも由緒正しい寺だが、日本人には特にセラ寺が有名だ。

1901年と1913-15の2度に渡り事実上の密入国でチベット入境を果たし「西蔵旅行記」(現在では「チベット旅行記」という名前で刊行されている)を書いた河口慧海、更に多田等観の二人の日本人がここで修行をしたためだろう。私も若い頃、そば粉の粉を固めて口に入れながら、インドからチベットに密入国したこの冒険記を、胸を躍らせて読んだ覚えがある。

宿で三大寺を全て見学した旅行者によると、どれも素晴らしい寺だけれど、背景になる知識が十分にないとどこも同じように見えてしまうかもしれない、と口を揃えて言う。私のラサ滞在日数は長くはないし、せっかく行ったからには1日ゆっくり見学をしたい。私はためらわず三大寺のうち最初の訪問地にセラ寺を選んだ。あまり書きたくないのだが、実はこの寺の裏山の頂上付近には鳥葬場もある。

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セラ寺の問答修行(動画あり)
(2007.1 チベット青蔵鉄道旅行記 22)



ラサには3つの有名な寺院がある。ガンデン寺、デブン寺、そしてセラ寺(色拉寺)だ。


どれも由緒正しい寺だが、日本人には特にセラ寺が有名だ。

1901年と1913-15の2度に渡り事実上の密入国でチベット入境を果たし「西蔵旅行記」(現在では「チベット旅行記」という名前で刊行されている)を書いた河口慧海、更に多田等観の二人の日本人がここで修行をしたためだろう。私も若い頃、そば粉の粉を固めて口に入れながら、インドからチベットに密入国したこの冒険記を、胸を躍らせて読んだ覚えがある。



宿で三大寺を全て見学した旅行者によると、どれも素晴らしい寺だけれど、背景になる知識が十分にないとどこも同じように見えてしまうかもしれない、と口を揃えて言う。私のラサ滞在日数は長くはないし、せっかく行ったからには1日ゆっくり見学をしたい。私はためらわず三大寺のうち最初の訪問地にセラ寺を選んだ。


あまり書きたくないのだが、実はこの寺の裏山の頂上付近には鳥葬場もある。

異教徒が鳥葬を見学することは許されていないが、早朝これを覗き見するバスを出している観光会社もないではない。ルール違反をして遺族の心を痛めてまで鳥葬の現場を見たいとは思わなかったが、もし可能なら、葬儀の行われていない時間にちょっとその場所を見たい、という思いがあったことも告白しておく。



セラ寺は1419年にツォンカパの弟子のチャムチェン・チュウギ・シャキャ・イェシェによって建立された。他の寺同様、最盛期には1万人近い僧がここで修行をしていたと言われる。現在では200〜300人程度ではあるが、やはり学僧がここで修行をしている。治安が安定しなかった時代には他国同様多くの僧兵がいて、「荒くれ坊主のセラ寺」などと呼ばれていた時期もあるらしい。



セラ寺(色拉寺)はラサ三大寺の中でもっともアクセスが良い。
市街地から北へ約4kmほど行った人民軍病院の隣、ギャルツェン・リの麓にある。歩いて行くこともできるが、市街地から運賃2元のバスが頻繁に走っている。所要時間も20-30分程度だ。



バスを降りて参道を歩くと五分ほどで正門に着く。
さりげなく門をくぐろうとしたが係員に呼び止められ、入場料50元を支払う。外国人のチケット購入は義務ということにはなっているが、「そのまま簡単に素通りできた」「数珠を持っていたらそのまま通してくれた」という話もあり穏やかな強行突破を試みたのだが、失敗に終わったわけだ。

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正門をくぐるとその道は学堂に続く寺の大通りだ。

左には信者のためのマニ車があり、訪れるチベット人は、一度回すと大蔵経を一度読んだのと同じ御利益があるといわれるこのマニ車を、時計周りに回転させる。一回りすれば数十巻のお経を読んだのと同じ御利益があるのだ。回さない手はない。

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御利益を頂き参道の坂をゆっくりを昇ると、やがて右側に大きな建物が現れる。大集会堂だ。

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午後1時になる前だっただろうか、突然僧たちがこの集会堂に集まり始めた。なんだろうと思って僧の後を追うと昼食だった。僧たちはこの大集会堂で食事を摂っているようだ。昼食は粥だ。中には野菜などが混じっている。灯明と同じラクのバターの臭いが粥からも漂ってきた。僧たちは集会堂中の椅子に並ぶように座り、食事係の僧が忙しそうにおかわりをついで回る。集会堂内の撮影はためらわれた。



食事を終えた僧たちは自室に戻る。2時から午後の修行が始まるまでの休憩のようだ。

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午後の修行が始まるまで学堂を見学する。
道をはさんで大集会場の反対側に、メーパ学堂、チーパ学堂、ンガクパ学堂と呼ばれる3つの学堂がある。特にンガクパ学堂は高度な密教修行をする場所だとのことだった。内部には修行のための部屋や廟などがいくつもある。

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セラ寺は現在は主に修行を目的とした寺だ。
僧にとっては修行の場でもあり、生活の場でもある。僧たちの生活エリアを少しだけ見学させてもらう。

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トイレは野外にあった。
さすが学僧のトイレだけあって中国とは思えない清潔さだ。学堂付近のトイレを使うと1元かかるので、ここを使わせていただくことにする。

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太陽光を集める湯沸かし器があった。
。中央に吊されているのは厚い鉄製のヤカンだが、振る舞っていただいたお湯は十分に熱かった。ラサは晴天が多く太陽光も強烈なのだ。

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午後2時から、学堂近くの庭で僧たちの午後の修行が始まる。
はじめはなんとなく集まって来たようにも見えたが、やがて近くにいる僧たちが問答を始めた。自習ということなのだろうか。問答を積極的に行う僧もいれば、そこに座りただやりとりを眺めている僧もいる。



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(↑ 画像をクリックすると動画を再生します)



ぽつぽつと始まった問答修行は、やがてあちこちで行われ始める。問答をしている二人の僧を囲むように、庭の中にいくつかのグループが出来上がる。

どんな話をしているのか気になるが、私はチベット語ができない。
そこに運良く欧米系のツアー客がやってきたので、近くによってガイドの話を聞いていたところ、このような問答をしていたそうだ。

「建ってから5年経った人のまだ住んでいない家がある。これは新しい家か?それとも古い家か?」

「古い、新しいは時の流れが決める。そう考えれば古い家だ。」

「家は住むための物だ。まだ誰も住んでいないということは使われていない、すなわち新しい家ということになる。」


たいした内容ではない気もしたが、こうして形而上の思考の習慣を身につけ、哲学である仏教を学ぶ能力を高めていくのだろう。

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(↑ 画像をクリックすると動画を再生します)



およそ1時間後、合図とともに僧たちが車座になりお経を唱え始める。これが1時間程続く。



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(↑ 画像をクリックすると動画を再生します)



僧たちが黄色い帽子を被り始めたら、読経の修行もも終わりに近い。

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読経の修行が終わると、僧たちはまたグループに分かれ問答修行を再開する。
この問答は読経前の物とは違い、公式の授業ということらしい。位の高そうな僧が各グループを周り、問答の内容を聞いては何かをノートに書き付けている。修行僧の成績をつけているようだ。

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観光客に許された見学時間が近くなってきても、修行は終わる気配を見せない。
残り時間も少ないので、鳥葬場がある裏山の側に向かってみることにした。

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山の上部に向かってやや黒みがかった道があり、その先には何か壁のようなものが見える。多分ここが鳥葬場なのだろう。鳥葬はまだ夜が明けきらない早朝から行われるとのことだった。盗み見をする観光客は、セラ寺を通らず闇に紛れて裏山に入るのだろう。今行くには明るすぎるし、高山病がまだ抜けきっていない身には、ここまで登ることは厳しい。遠くから眺めるだけで十分、そう自分に言い聞かせる。閉門の時間も近い。



寺の裏山側には、祭礼時に旗を並べる塔があった。
チベットの空はどこまでも濃厚に青く、強い太陽の光を受けた白い塔が美しい対比を見せる。自分が死んだら、こんな美しい場所で自然に帰っていくのもなかなか悪くないかもしれない。

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