2006年09月06日

旧日本軍博物館 - クンユアム (2006.8 タイ北部ドライブ 13 natu4歳)

旧日本軍博物館 - クンユアム
(2006.8 タイ北部ドライブ 13 natu4歳)


 北西国境ならではの山岳民族の村などを訪ねると、あとはメーホンソンに特に用はない。「神秘の青い魚が住む洞窟」やら「雨期には迫力満点の滝」などを見に行くが、特になんということもなく、我が家は再びチェンマイを目指すことにする。


 チェンマイとメーホンソンをつなぐ街道には南北二つのコースがあるのだが、「来た道を戻ることだけは許して欲しい」と長女が懇願するので、100キロ以上遠回りにはなるが南ルートを通ることにする。

 同じ道を走るのはつまらないので特に異論はないのだが、私はここぞとばかり恩着せがましい口調で、南ルートがどれだけ遠回りかを、殊更くどい口調で申し述べる。これでしばらく長女は私に逆らうことはないだろう。ついでに街で酔い止めの薬を購入。10錠で20バーツ。これでかなりの間、長女が私に生意気な態度を見せることはないだろう。

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 メーホンソンから108号線を1時間ほど南下すると、"Khun Yuam"(クンユアム) という街があり、ここには「旧日本軍博物館」"WW2 Museum" がある。実は私はここに来たかった。


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「ここクンユアムはタイの北西部に位置し、ミャンマーと国境を接している。ビルマ作戦に於ける重要な兵站基地の一つでもあった。サルウィン河の渡河地点ケマピューに道は続いており、さらにトングーにつながっている。この道はインパール作戦後、日本兵が敗走してきた所謂白骨街道といわれている。更にこの地では、7,000名に上る日本軍将兵が命を落としたといわれる。」
(クンユアム旧日本軍博物館HPより)
http://www5f.biglobe.ne.jp/~thai/

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 ここは、クンユアムに赴任してきた警察署長だったチョムタワットさんが、任地のあちこちに放置されていた旧日本軍の遺品や装備などを集めて、自力で作り上げた博物館だ。庭には旧軍車両の残骸が、館内には軍服、毛布、飯ごう、行李など様々なものが展示されている。
(内部は撮影禁止でした。関心のある方は公式サイトでどうぞ)

 展示を見始めると、館長さん(と思われる方)が私を奥の部屋に案内してくれる。そこにはここで亡くなった兵隊を弔う祭壇があった。自分が命を失うのも大変なことだけれど、日本から遠く離れた地で家族を思いながら亡くなった人たちの気持ちを考えると切ない。幼い子どもを残してここに連れてこられた人も少なくなかったはずだ。さぞかし無念だったことだろう。私は日本のタバコを一箱置いて、線香を上げ手を合わせた。


 ここで亡くなったのは日本兵だけではない。自動車道路建設のためにかり出されたタイ人も多く亡くなっている。しかしこの博物館では、日本人兵士とタイ人の関係が決して悪くはなかったことを伝えている。日本人兵士を「敵」ではなく「犠牲者」と考えているように思える。カンチャナブリの戦争博物館が「旧日本軍の悪行」を前面に押し出しているのと大変対照的だ。


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 私は旧軍を無条件に肯定する気にはなれない。しかし同時に、無条件に非難する気にもなれない。末端の兵士に「時代に翻弄された犠牲者」という思いがあるのも事実だ。

 もちろん人間の集団であり戦闘を目的とする軍のこと、許されない行為も多くあっただろうし、明日命を落とすかもしれない極限状況の中で、人間らしい心を忘れてしまうこともあっただろう。以下はこの戦争博物館のサイトにあった文章の一部だ。


「死者の氏名は、よほどのことがない限り衣服や持ち物(認識票)などから普通は分かるはずだ。しかし、タイへの逃避行路ではそれが明確にできなかったケースも多々ある。なぜか。理由の一端を知ってもらうために、ほんとうは書きたくないことだが、私の見たことを記しておこう。・・・・・・その兵は、熱を出して倒れてはいたがまだたしかに生きていた。その時、数人の兵が通りかかった。その中の一人は靴が、いま一人は上衣が破れていた。と、その二人は倒れた兵に近寄った。何をするのかと見ている私の目の前で、一人が倒れている兵の靴を、もう一人が上衣をはぎ取った。そこにはもう、あの厳しい日本の軍隊の軍紀、軍律はなかった。いうなれば飢餓の集団だ。追い詰められた人間の本性は、こうも汚くなるものかとつくづく嫌になった。」 http://www5f.biglobe.ne.jp/~thai/page020.html


 豊かな今の日本で、とりあえず衣食住に苦労することもなく生きている私たちが、もし同じ境遇にあったとしたらどこまで自分の正義を貫き通すことができるのだろう。偉そうなことを書いてる私など、率先して倒れた兵隊の靴を奪い取るのではないだろうか。つい、そんなことを考えてしまう。


 物質的に豊かであることを、あたかもただ「表層的」であるかのように語る人たちは少なくないが、私は「豊か」であることを否定したくない。「衣食足って礼節を知る」「貧すればどんする」ことも事実だからだ。

 ただ、どんなに酷い境遇の中でも、決して思いやりと誇りを失わない人たちはいる。私もあと100回位生まれ変われば、そんな人間になれるのかな? ^^;


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